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元巨人軍・鈴木尚広 ベースボールクリニックで伝える体軸トレーニング「ケガでチャンスを逃してほしくない」

元読売巨人軍で20年の現役生活を送り、通算228盗塁を記録するなど「走塁のスペシャリスト」として活躍した鈴木尚広氏。※以降、敬称略

現在はYouTubeなどで情報発信をしながら、自身が講師を務める「鈴木尚広のベースボールクリニック」(以降、TSBBC)でトレーニング指導を行っている。

鈴木氏のパーソナルトレーナーを約10年間務めた岩館正了(いわだて まさる)先生と手を組み、「体軸トレーニング」を中心に現役時代に行っていたメニューを展開。

今回はTSBBC立ち上げのきっかけや想いについて、現役時代のエピソードを交えながら伺った。

(取材協力 / 写真提供:一般社団法人TSBBC)

現役時代のトレーニングメニューがベース

TSBBCは2018年に一般社団法人として設立された。

鈴木が約10年間培ってきたトレーニング理論をベースに、基礎セミナー+レベル1〜4までの計5つのプログラム・15種類のメニューを用意。

受講者はスポーツトレーナーから一般のスポーツをされる方々まで老若男女問わず対象となっている。

基礎編では、体の軸を意識した4種類の「体軸トレーニング」、レベル1からは野球の動きを実際に取り入れたメニューとなり、最後のレベル4では走塁の極意が伝授される。

鈴木自らが講師を務め、座学と実演を交えた講義を行う。現役時代のエピソードなども盛り込みながら、各回2日〜4日にかけて行う中身の濃いセミナーである。

原点は若手時代の経験

鈴木は、福島・相馬高から1996年ドラフト4位で巨人に入団。2016年に引退するまで巨人一筋20年間の現役生活を送った。

上述の通り、走塁のスペシャリストとして活躍し、通算盗塁数は228(成功率.829)を記録。代走での盗塁数132は現在もプロ野球史上最多である。

TSBBCを立ち上げたきっかけは、若手時代の体験からであった。

プロ4年目の2000年、まだファームにいた鈴木は独学でウエイトトレーニングを行っていた。体重も増えて見た目で分かるほど体格が大きくなり、手応えを感じていたという。

当時はとにかく重いものを挙げられればパワーがつくと考え、過度な重量で鍛えていた。

結果、野球のパフォーマンスが上がるどころか、肉離れや腰痛など故障を繰り返すようになり、試合に出ることすらできない状況が続いてしまった。

自身の経験を元に指導活動を行っている(TSBBC 公式Instagramより)

「ケガでチャンスを逃してしまう」

現役生活の中で、ケガによって野球を断念してしまう選手も数多く見てきた。これらの経験がTSBBCの原点になっている。

「僕は若い時、ケガがすごく多かったんです。それでチャンスを逃したくないという想いが強くありました。また、故障で挫折してしまうことがプロアマ問わず非常に多いです。なので、ケガをして欲しくないというのがTSBBCに懸ける1つの想いとしてあります」

2006年、岩館先生との出会い

プロ6年目の2002年、当時就任1年目の原辰徳監督にその才能を見出され、1軍デビューを果たした。主に代走で出場数を増やす一方で、上述の通りケガなどで戦線離脱を繰り返していた。

この状況を打破するために新たな変化を求めていた2006年、後の選手生活において欠かせない人物と出会う。

理学療法士でJCMA認定体軸セラピストの岩館正了先生である。

岩館は、東京都日野市でデイサービスなど医療介護事業などを展開する「株式会社iMARe(イマレ)」を運営する傍ら、鈴木氏のパーソナルトレーナーを引退まで約10年間務めた。出会った当時の印象を語った。

「最初鈴木さんの体を診た時、硬くて動きも悪く『これがプロ野球選手?』って思いました。でも逆にこれでプロ選手だったら伸びしろがすごくあるなと思ったんです」

プロ10年目、岩館との出会いが転機に(TSBBC 公式Instagramより)

当時鈴木はプロ10年目。岩館の「私なら変えられます」という言葉で、ゼロからもう一度挑戦しようという想いが沸いた。自らを変えるため、二人三脚で再スタートを切ることになった。

選手寿命を延ばした「体軸トレーニング」

出会った当時、鈴木の筋肉は硬くて張りやすかった。それが原因で肉離れや腰痛を引き起こしてしまっていた。そのため、トレーニング前のマッサージを重点的に行い、柔軟性を向上させるところから始めた。

並行して行ったのが、以後の選手生活を延ばした要因となった「体軸トレーニング」である。

体軸トレーニングとは、身体を使う時にインナーマッスル(深層筋)を優位に働かせるトレーニングのことをいう。

ウエイトトレーニングで重いものを挙げる時は、大胸筋や大腿四頭筋といったアウターマッスル(表層筋)主に使う。大きな力を発揮するための筋肉である。

一方、インナーマッスルは体の深部にある筋肉で、「姿勢保持筋」と呼ばれている。

姿勢を整えたり、身体を滑らかに動かすための筋肉である。

これまで鈴木はアウターマッスル中心の使い方をしていた。インナーマッスルを中心に、よりしなやかに身体を使えるようにするため体軸トレーニングを取り入れた。

体軸トレーニングの特徴は、効果をその場で体感できることである。

例えば、肩の付け根辺りを指で押さえ、肩を前後に10回ずつ回す。

回した後にお互い向かい合って手を押すと、押された相手が後ろに大きく下がるくらいの力を発揮させることができる。

現在もセミナーで体軸トレーニングの指導を行っている

「このトレーニングは(やる前と後の)違いがすぐに出ます。特にアスリートのスペックというのは、一般の人に比べると創造性が高いです。なので違いがよくわかると思います。変わる感覚を体に落とし込めるので、そこを広めていきたいなと思っています」

その場で体感できる一方で、内容は地味なトレーニングのため継続するには根気強さが必要になる。筋肥大のように視覚的な変化がすぐに現れないため、アスリートでも継続することが難しいという。

実際、筋肉の質を変えるのには3年、並行して体軸トレーニングを習得して体を自由に使いこなせるまでに5年を要した。シーズン中は試合のない月曜日に、オフは週3回岩館の元に通い続けた。

「どうしても目に見えた変化を追ってしまいがちなんですけれども、僕は『まず積み上げてどうなのか』を考えていました。20年くらいその身体でやっていたので、その意識を剥がすのは大変でした。最初はずっと悶絶していましたね」

道のりは長かったが、指導の通り着実に積み重ねてきた。

始めて5年経った2011年頃からは、全くケガをする気がしないくらいの感覚にまでなったという。

「不思議なことに筋肉ってやり続けると変わるもので、ケガをする感覚がなかったです。『どうやったらケガするの?』っていう感覚まで行きました。歳を追うごとにケガしなくなってパフォーマンスが上がっていきました。遅咲きなんですよ僕は(笑)」

引退前年の15年、プロ19年目にして初のオールスターゲームに選出された。そこで同じセ・リーグ代表で出場した当時阪神タイガースの鳥谷敬選手(現:千葉ロッテマリーンズ)に「肩強くなりました?」と驚かれたほどであった。

体軸がもたらした心理的な変化

体軸トレーニングは身体面だけではなく、心理面でも大きな変化が生まれたという。その変化を語った。

「体軸トレーニングを続けることによって動じなくなりました。自分がやりたいことがブレなくなりましたし、視野も広くなりました。心持ちが柔らかくなったんです」

身体のトレーニングがなぜ心に変化をもたらすのか。岩館は以下のように推測する。

「まだ明確に解明されているわけではないのですが、脳と関係するのかもしれません。身体が動くところが増えてくると、活動領域が増えるじゃないですか?それが思考にも良い影響が出るんじゃないかなと。昔から丹田(お腹の下)に力を入れるって言いますよね?

そうすると落ち着くとか。そこに関係する一番上の場所が脳であり、体軸と言われるものなんですよ。軸がちゃんと通ってくると穏やかにもなるし、 1つ軸が通ってる人になれるのではないかと思います」

プロ野球では公式戦は年間130試合以上組まれる。6連戦など毎日のように続き、一喜一憂している間などなく、すぐに次の試合が来る。体軸トレーニングは気持ちの面でもその効果を感じることができたという。

「プロ野球の世界は切り替えの世界です。勝った負けたと言っても次の日はまた新しい戦いが常に始まりますし、一瞬一瞬の攻防も戦いの連続じゃないですか?そういう中で感情面のコントロールができるようになりました」

体軸トレーニングで心にも余裕が出たと語った

トレーナーの価値を高めたい

選手寿命を伸ばした体軸トレーニング。TSBBCではこのトレーニングを多くの人に伝えていきたいと考えている。この活動を通じての今後を語った。

「トレーナーさんの価値を高めることが1つの目標です。プロフェッショナルな人材育成するとともに、パフォーマンスを高めてくれる人材を発掘したいです。レベルの高いトレーナーさんがここを卒業して、現場で還元してもらいたいなと思っています」

4年目を迎えるTSBBC。これからは子どもたちへの指導機会を増やしたり、今まで行っていない地方開催など活動範囲を広げていきたいと考えている。

「これからは全国に行ったり、未来の野球界を担う子どもたちに広げたいです。僕も知識とか経験を出し惜しみなく伝えていきたいと思いますし、そこでどんどん吸収して欲しいです」

インタビュー中も実演を交えながら答え、途中「私を持ち上げてみてください」と言い持ち上げさせてくれた。しかし1mmも動かすことはできなかった。

根が張った木の幹のように体の軸が地面に据わっており、長年のトレーニングと経験に裏づけされた説得力が加わっていた。

将来、TSBBCで指導を受けた子どもたちがプロ野球選手になるということも決して夢ではない。

(取材 / 文:白石怜平)

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