視覚障がい者が競うゴールボールをサポートするアイシェード

鈴の音を頼りに球の動きや試合運びに見当つける

鈴の音を頼りに競うゴールボール

バスケットボールほどの大きさの球の中から聞こえる鈴の音を頼りに転がりや試合運びに見当をつけ、相手ゴールを狙うーー。

ゴールボールは東京オリンピック・パラリンピックの正式種目で、視覚障がい者のための競技である。

その名の通り、相手チームのゴールを目がけてボールを送り込む競技だが、ゴールを用いるサッカーやハンドボールなどと違い、選手は全員、目隠しを付けて試合に臨む。

山本直之社長

視力の程度によって個人差の表れる「見え方」を平等にするためだ。ボールの衝撃や転倒事故などから眼を護る狙いもある。そこで使う専用製品「アイシェード」を開発したのが大阪府東大阪市に本拠を置く山本光学株式会社(山本直之社長)。

1911年に山本社長の曽祖父が創業したメガネレンズ加工業が前身。1955年、プラスチック成形サングラスフレーム開発に日本で初めて成功した。スノーゴーグルをはじめとするブランド「SWANS」を手がけるメーカーでもある。「自社でレンズとフレームの双方を手がける国内メーカーはほとんどないでしょう」(山本社長)。

初めはリハビリテーションプログラム

プロ選手用のアイシェード

ゴールボールは1チーム3人の選手が2つの鈴を入れた球を転がし、相手チームのゴールに投げ込むことで得点を競う。

この競技はもともと、第二次世界大戦で視覚に障がいを受けた軍人たちのリハビリテーションプログラムとして考案された。一日も早い社会復帰を後押しする福祉活動の一環として始まったようだ。

その後、今日のような競技としての体裁を整え、1976年のトロント大会で正式種目に認められた。日本勢は2004年のアテネ大会を皮切りに女子チームがその後の3大会(北京、ロンドン、リオ)連続で出場。ロンドン大会では金メダルを獲得している。

山本光学がゴールボール競技専用アイシェードの開発に乗り出したのは7年ほど前からだ。「埼玉県所沢市の国立障害者リハビリテーションセンターとの共同研究をスタートさせたんです」(同)。スポーツサングラスやスキー、スイミング用のゴーグルに定評のある同社に白羽の矢が立ったわけだ。

とりあえずスキーゴーグルを改良した

以前から同社では豊富な製造実績のあるスキーゴーグルをベースに、レンズの代わりに遮光シートを装着したアイシェードを製造していた。

試合には健常者が参加する場合もあるため、光を遮ることには厳しい注文がつけられる。それだけにスキーゴーグルを改良した試作品はわずかな光も通さない。ところが……。

「光を一切通さないという条件はクリアしました。半面、必ずしも選手の要求を満たしているとはいえませんでした。遮光性という機能を追い求めるあまり、開発の方向がゴールボールではなくスキーゴーグルに寄りすぎてしまったからです」(同)。

専用品の開発にあたって、開発陣がスキーゴーグルをベースとしたアイシェードを使用した選手に改めてヒアリングを行うと「ボールが当たった時に衝撃でずれる」「レンズが外れやすい」といった声が寄せられた。競技で使われるボールは転がりにくくするために敢えて重くしてある。顔に当たった際の衝撃は開発陣の想像以上であった。

こうして、スキーゴーグルの延長で改良するのではなく、1からゴールボール専用ゴーグルを開発する新たな取り組みが始まった。無論、従来品には従来品の良さがある。しかし、再スタートを切るにあたって、開発陣はまったく新たな製品を作り出すという意気込みで臨んだ。

レンズとフレームを一体化で外れにくく

開発の第一歩は選手の声を素直にデザインに反映させることであった。「衝撃に耐えられる強度を保つ」。解決すべき点はこのことに尽きた。

ずれたり、外れたりするのはレンズとフレームが別物だったからだ。だったら、一体化すればよい。一つのものであれば、そもそも外れるわけがない。まさに逆転の発想である。

同素材でレンズとフレームを一体成形した専用ゴーグルはこうして生まれた。「試着」した選手は試作品に比べて格段に高まったフィット感に驚いた。これなら外れようにも外れない。遮光だから黒、という常識に捉われず、ピンクやブルーの塗色も揃えた。大胆な色遣いは2018年度のグッドデザイン賞にも輝いた。

「女子選手にはピンクが好評でした。明るい色はモチベーションを上げるからです。モチベーションが上がれば試合中のパフォーマンスも高まります。その結果が好成績をもたらす。メーカーとしてのミッションだと思います」(同)。

アスリート・ファーストの心構え

専用ゴーグルの開発を後押ししたのは、デザイン、設計、製造を一気通貫で行える同社独自の生産体制である。選手や関係者からヒアリングした内容は直ちに開発部門にフィードバックされる仕組みが整っている。

「スポーツ製品に携わるメーカーとして心がけているのは、アスリート・ファーストです。だから、デザイナーも企画も販促も、担当者は現場に出向いて自分の目で見、話を聞いて最善の成果が出せるように努めています」(同)。

初めての打ち合わせから完成までに要した期間は2年あまり。この間の試作品は数十種類に及ぶ。同社が開発した競技専用アイシェードは「日本ゴールボール協会」を通じて選手に提供される。一般の人は「SWANS」直営店や直営オンラインショップを通じて市販品を入手できる(※)。

すでに触れたように同社の歴史はレンズ加工業から始まる。スイミングゴーグルやスポーツサングラスのように、アスリートが競技で着用することを前提としたさまざまな製品ばかりでなく、作業現場用の防塵眼鏡やレーザ光線用グラスの製品開発にも力を入れている。使う場面や用途は違っても「眼を護る」ことが常に開発姿勢の根底にある。

そう考えると、ゴールボール競技専用アイシェードは同社の手によって生まれるべくして生まれたアイテムといえるだろう。では、こうした一連の製品開発を同社は社会的貢献活動にどのように役立てているのだろうか。

※市販品の仕様は選手用と異なる場合がある。

誰もがスポーツを楽しめる環境を

「障がい者の人をスポーツから遠ざけてしまうのではなく、スポーツを楽しんでいただく環境をつくるためのお手伝いをしたい」。山本社長の考えは明快だ。

ゴールボール競技専用アイシェードの例でいえば、視覚に障がいがあることを理由にスポーツと距離を置くのではなく、積極的に関わることができるような受け皿を整え、使ってもらうことだ。

「アスリートはもちろん一般競技者も含めてすべての人がスポーツを楽しめるすそ野を広げたい」という山本社長。すそ野を広げるための「次の一手」に期待がかかる。

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