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「最後に勝敗を分けるのは人間性」桜美林大、意識改革と小さな積み重ねで掴んだ首都リーグ優勝

 マウンドで抱き合うバッテーリーの周りに、次々とナインが集まる。一塁側スタンドからは、色とりどりの紙テープが舞った。 

 2016年秋以来、9季ぶり2度目の優勝。桜美林大はこの春、首都大学野球リーグの頂点に立った。 

 最終週、東海大との2連戦。どちらか1勝でもすれば優勝だったが、2連敗を喫してしまった。勝率の並んだ帝京大、東海大と3校での優勝決定戦が行われることになり、昨秋の順位によってトーナメントが組まれた。桜美林大は、まず東海大に勝ち、次の日に帝京大と戦わなければならない。負けた試合の敗因や相手の戦力を分析し直し、東海大と帝京大に挑んだ。 

「本当に苦しかったですけど、選手たちはそのプレッシャーを感じるよりも『思い切ってやろう』『チャレンジすることを忘れないように』と、練習や試合で声をかけあっていました。厳しい戦いでしたが、もしかしたらやってくれるかなと思いました」 

 津野裕幸監督と選手たちは、どんなときも前を向いて戦い続けた。自分たちの野球を貫いた先には「優勝」があった。 

「4年生を優勝させたかった」「監督を優勝させたかった」 

「100周年になんとか優勝したいという気持ちがあったので、今はホッとしています」 

 津野監督は、いつも通りの穏やかな笑顔でその思いを語り始めた。5月28日に創立100周年を迎えた桜美林大学。花を添えるリーグ優勝となった。津野監督の表情に変化が現れたのは、9回の守備について訊かれたときだった。 

「やっぱり……」そこまで言うと、突然声を詰まらせ下を向いた。なかなか次の言葉が出てこない。目頭を押さえながら、やっと言葉を絞り出した。「4年生が頑張ってくれたので…最後はなるべく4年生を多く出したいなと思いました」 

 優勝まであと1イニング。指揮官は、この日まだ試合に出ていない4年生たちを守備につかせた。優勝まであとひとり。今度は、前日先発した多間隼介投手(4年・北海)をマウンドに送った。ベンチ入りした4年生全員に、優勝を味わってもらいたかった。 

 2016年秋は、エース・佐々木千隼(現ロッテ)という絶対的な存在があった。「佐々木がいるので優勝しないといけない、という思いがありました」と当時を振り返った津野監督は、また声を詰まらせながら「今回は…優勝させてあげたい…と思う学生たちでした」と、その思いを口にした。 

 今年のチームを中心となって作り上げてきたのは、松江京主将(4年・二松学舎大附)だ。選手たちの能力を最大限に生かしたいと、チーム改革に取り組んだ。もっと最上級生が活発に意見を言い合って本気の姿を見せなければ、下級生はついてこない。自身が下級生のときからそう考えていた松江は、心を鬼にして4年生に厳しいことを言ってきた。選手たちを観察し、自分が出しゃばらない方がいいと判断したときは、一歩引くことも忘れなかった。 

 質のいい練習に取り組んで野球の技術を向上させるのは大前提で、最後の最後に勝敗を分けるのは人間性、そう信じていた。「たとえばゴミを拾うか拾わないか、部屋を掃除するかしないか、今この選手を怒るか怒らないか、何でも葛藤じゃないですか。それに1個ずつ勝っていったらこうやって優勝という景色が見えるんだなと再確認できました」選手たちに言い続けてきたこと、それ以上に自分自身もしっかりと取り組んできたことが無駄ではなかったと証明できた瞬間だった。 

 リーグトップの防御率0.84で最優秀投手となった多間も「しっかりチームのために声掛けをしてくれたり、まとめてくれている。自分も副キャプテンでチームをまとめなきゃいけない存在ではあるんですけど、松江の存在があるおかげで自分のプレーに集中できています」と、松江を頼りにしていた。多間自身も副主将として、バッテリーリーダーとして、チームの改革に取り組んできた。投手コーチである野村弘樹特別コーチ(元横浜ベイスターズ)が来られるのは土日くらいで、あとは自分たちでやっていかなければならない。 

「今までの練習は正直、甘えや緩さがありました。それをまず消していかなきゃいけないと思ったんです。今までより厳しい練習メニューにしたのもそうなんですけど、練習と練習の間のインターバルをすごく長くとってしまったり、しゃべりながらやっていたりというのをなくそうと思いました。ひとりでも許してしまうと、下級生もこれでいいんだなと思いますし、連鎖していきます。だから、それを許さないように声をかけていきました」 

 中にはそんな多間をよく思わない人もいたというが、それでもくじけずに厳しいメニューを提示していき、自分自身も真剣に取り組んだ。今季から正捕手となった田島大輔捕手(4年・星槎国際湘南)は言う。 

「今年は試合中に、疲れたのでもう代えてください、というピッチャーはいないですね。『僕が投げたい』という意志の強いピッチャー陣になったので、本当にキャッチャー陣は助かっています」 

 野手、投手ともに、意識の高い選手が増えていった。それはベンチ外の選手もだった。リーグ戦中の平日練習で、松江はこんなシーンを見た。 

「溝口浩平(4年・日大三)というベンチ外の選手が、ベンチに入っている選手に向かって『もっと全力疾走しろ』と言っていたんです」 

 今まで、ベンチ外の選手がベンチ入りしている選手に向かって、厳しい言葉をかけることはなかった。自分より結果が出ている選手に厳しいことを言うのは、なかなか勇気のいることだろう。それができる選手がいる。チーム全体が強くなってきていると感じた。松江は、溝口に電話して見ていたことを伝えた。 

「涙ながらに『ありがとう。そういうところ本当に頑張っていたんだよ』と言われて、ああこうやっていろいろなところで戦っている人がいるんだな、これは強いわ、と思いましたね」 

 4年生を中心に、みんなが同じ方向を向いて戦っている。津野監督が「優勝させてあげたい」と強い思いを抱くのも当然だった。その思いは一方通行ではなく、選手たちもまた津野監督を「優勝させてあげたい」と思っていた。多間の言葉を借りると、津野監督は「本当に選手と向き合ってくれますし、日々選手との会話を大事にされている方。優勝したときもこうやって一緒に涙してくれるくらい熱くて近い存在」だった。

 松江も「監督さんにキャプテンを任せてもらった日から、監督さんを勝たせることしか考えていなかったです。本当に心からそう思っていたので、約束を果たせて良かったです」と、強い思いを語った。 

勝敗を分けるものは?

 どこのチームも、優勝を目指して全力を尽くしている。心がけていることや取り組んでいることに大きな差異はない。そんな紙一重の状況で勝敗を分けるのは、松江の言う通り、ほんの小さな積み重ねなのだろう。そして桜美林大は、監督と選手たちそれぞれに戦略や方向性について問うと、みんな揃って同じ答えが返ってくる。戦略的なこともそれ以外に大切なことも、完全に認識を一致させて戦ってきたのだろう。 

 最初に掲げた「サインプレーを多用して動き回る野球」もブレずに貫き通した。自分たちはチャレンジャーの立場だ、少しも気を抜いてはいけないと、常に前向きでありながらも謙虚な気持ちを忘れなかった。どんなに点を取っても、試合が終わるまでは「まだ追いつかれる可能性はあるぞ、もう一段階気を引き締めていけ」と声をかけあってきた。 

 そうやって、苦しみながらも辿り着いたリーグ優勝。辿り着いたものにしかわからない思いを主将・松江は、こう表現した。 

「優勝の景色ってやっぱりすごいですね。最高過ぎて言葉に表せない。これがあるから、やっぱり頑張れますよね。普段のつらい練習も、ここさえ頑張っちゃえば、そこさえ頑張っちゃえばこの景色見られるんだよ、とみんなに伝えたい。去年まで入替戦ばかりだったけど、本当にこんなに近いところにあるんですね。もう一回謙虚に過ごしていきながら、神宮でも結果を出せるように頑張りたいと思います」 

次のステージは、全日本大学野球選手権大会だ。桜美林大の初戦は、6月9日(水)9時。上武大と西日本工業大の勝者と明治神宮球場で戦う。初出場の大学選手権では、どんな景色が見られるだろうか。 

好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいと思い、OLを辞め北海道から上京。 「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間200試合以上観戦。気になるリーグや選手を取材し独自の視点で伝えるライターとしても活動している。 大学野球、社会人野球を中心に、記者が少なく情報が届かない大会などに自ら赴き、情報を必要とする人に発信する役割も担う。 面白いのに日の当たりづらいリーグや選手を太陽の下に引っ張り出すことを目標とする。

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